広島地方裁判所 昭和41年(わ)160号 判決 1966年6月03日
被告人 古谷信三
主文
被告人を懲役六月に処する。
未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四〇年一二月二四日広島刑務所を仮出獄したのち、広島市吉島本町一丁目三九九番地の一更生保護会宇品寮に収容されて、とび職などの仕事に従事しながら保護を受けていたものであるが、常習として、昭和四一年三月一八日午前二時過ごろ、同寮において、同寮主幹斉藤迪(当五八年)に対し同人の処遇などに対する不満から語気荒く「おい、今晩はお前をやつたるで。お前は根性が悪い。わしは刑務所や警察へまたいんでも構わんのじや。すつぽりやつたるで。」等と申し向け且つ手で同人を突き刺すような格好をしたりなどし、もつて同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示して脅迫したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
判示所為につき暴力行為等処罰ニ関スル法律一条ノ三後段、未決勾留日数の算入につき同法二一条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項但書
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人が本件犯行当時飲酒酩酊のため心神耗弱の状況にあつた旨主張するところ、前掲各証拠によれば、被告人が本件犯行当時相当酩酊していた事実を認めることができるが、本件犯行の際における被告人の言動に照らせば、右酩酊のため当時是非善悪を弁別し、またはこれに従つて行動する能力を喪失し、あるいはこれを著しく欠いていたものとは認められないから、右主張は採用しない。
次に、弁護人は、本件犯行は常習としてなされたものではないから、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条ノ三の罪を構成するものではなく、刑法上の脅迫罪に該当すべきものである旨主張するが、前記前科調書及び判決謄本によれば、被告人は、昭和三七年一〇月二三日、恐喝、同未遂罪により、懲役三年に処せられたものであることが認められる。もつとも、恐喝罪は暴力行為等処罰ニ関スル法律一条ノ三の罪とはいわゆるその罪質を異にするものではあるが、だからといつて、これを右規定にいう暴力行為の常習性を認定する資料となし得ないと一律に決めることはできない。また、同条における常習性は、その立法趣旨に照らしても、同条の暴行、脅迫、器物損壊等のそれぞれの行為について各別に考えるべきものではなく、これらの行為に共通する粗暴な行動(いわゆる暴力行為)の習癖の有無によつて認定すべきものと解せられる。従つて、本件暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の犯行が脅迫を内容とするものであるからといつて、当然に恐喝罪の前科が右規定の常習性認定の資料となり得るものとはいい難いとしても、当該前科にかかる恐喝罪の犯行の具体的態様において、前記のような性質の暴力行為をその手段としている場合は、これをもつて右常習性認定の資料となし得るものと解することができる。本件においても、被告人の右恐喝の所為は、他人の運転する単車等に故意に接触したうえ、日当、治療費等を要求し、これに応じなければ数名で暴力をふるいかねない態度を示して金員を喝取した、いわゆる「当り屋」の事案であり、その犯行手段において右の暴力行為としての粗暴な行動と共通する性質を認めることができる。また、その回数も三十数回の多数に及ぶものである。そうであるとすれば、被告人に対する右恐喝罪の前科は、被告人が前記のような暴力行為に及ぶ習癖を有することを認定する一つの資料となし得るものといわなければならない。また、被告人は右前科にかかる刑の仮出獄を受けて、前記更生保護寮に収容されている間、飲酒を続け素行があらたまらぬまま本件犯行に及んだものであること、並びに前記認定のような本件犯行の際の状況及び犯行の態様などの諸点を併せて判断するならば、被告人は容易に前記暴力行為に出る習癖を有し、且つ本件犯行も右習癖に基づく犯行であると認定し得るところであるから、右は暴力行為等処罰ニ関スル法律一条ノ三後段の罪を構成すべきものというべく、これに反する弁護人の主張は採用できない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 立川共生)